建築でコンピュータ、する?
2024年10月 3日(木) 18:51 JST
2013/10/02 作成
このページの研究は(社)日本鉄鋼連盟による、2012年度「鋼構造研究・教育助成事業」による研究助成金を受けました。同助成金研究成果報告書に投稿した報告書をブラウザでの閲覧に適した形に改修して掲載します。文体が本サイトの他のページですます調とは異なりますが、報告書をできるだけそのまま転載しました。
テンセグリティは、圧縮材が互いに接しないためか見た目が軽やかで、その構造が一瞥しただけでは把握できない不思議な雰囲気をまとう。そのため、モニュメント等の芸術作品にたびたび用いられているが、建築作品への応用となると事例はきわめて少ない。その要因として、構造計算に至る以前にテンセグリティとして自立する構造そのものをデザインすることが難しいことがあり、また、実際に施工する際には完成の一手順前まで構造的に不安定な状態にあり、仮設計画に関しても特別な配慮が必要となることなどがあげられる。
本研究は、コンピュータによる機構解析をテンセグリティのデザインに適用し、上述の困難さを克服することを目的とする。具体的には、曲面屋根をテンセグリティ構造で支持するという課題を設定し、それを実際に計画する。ここでいう計画には施工時の仮設等の計画も含まれ、設計から施工計画までのすべての段階をコンピュータでシミュレーションする。
Fig1 テンセグリティのモデル化 |
テンセグリティは、構造が破綻しない極限まで部材を減らし最適化された形状の一種であると考えられている。すなわち、完成の一工程前の段階においても不安定な形状であり取り扱いが大変難しい。しかしながら、独特の魅力を放つ形状でもありこれを建築の構成要素として採用することができれば構造デザインの幅が広がる。
テンセグリティ構造の包括的なデザイン・ワークフローを実現するために、以下のサブシステムの開発を目標として設定した。
テンセグリティの定義に忠実になれば剛体は必ずしも一直線の棒状である必要はないが、本システムでは剛体を断面一様な棒状であると限定した。さらに剛体棒の端点に張力を負担するバネ(ワイヤ)を接続するとし、これらがテンセグリティ構造を構成する基本要素であるとモデル化した上で、システムを実装した。
剛体の定義には、両端点の座標と断面円の半径を保持するが、両端点の座標はバネを接続するアンカー位置を兼ねることにした。剛体両端部の座標は、実際の構造物には現れず形状を持たないが、これらの選択(マウスピック)のし易さがCADオペレーションでは特に重要となるので、Fig1に示すように、操作性を考慮してやや大きめの球の形状を与えた。
デザインの修正は端部を表現する球を移動することでおこなう。球を移動した場合それに接続されたエレメント(剛体、バネ)はFig2のように自動的に追随するようにした。
Fig2 端部座標の移動による編集 | |
Fig4 データ交換用ファイルフォーマット | Fig3 複雑なテンセグリティの例 |
このようなインターフェイスを構築したことにより、Fig3のような複雑なテンセグリティであっても比較的容易に設計できるようになった。
テンセグリティデザインシステムで設計した構造が成立するかどうかを検証するシステムを構築した。このシステムは、ビデオゲーム用の物理シミュレータ を応用している。デザインシステムから力学的評価システムへはFig4に示すファイルフォーマットでデータを交換する設計とした。
デザインしたテンセグリティ構造が成立する場合、評価システムでは構造体の形状が最終的に維持されるが、テンセグリティ構造として成立しない場合は破綻してしまう。破綻の様子はアニメーションで視認できるため、たとえばバネ(ワイヤ)の足りない箇所などがあれば、崩壊のアニメーションでの挙動の観察からその箇所を推定することができる。
交互にデータをやりとりしながらデザインシステムと検証システムとでデザインプロセスを繰り返し実行することにより、そのスパイラル効果で、デザイン品質を高められる。
デザインが確定したら、制作・施工用のデータを導出することができる。端点間距離をベースに、制作に掛かる遊びなどを加味してデータを出力する。剛体とバネをそれぞれパイプ材、ワイヤで置き換えるとすれば、それぞれの長さは直ちに求まる。
採用する素材にも依るが、テンセグリティ構造に用いられる素材は剛体部、バネ部とも、単一であり、異なるのは寸法だけとなる場合が多い。これらの見分けにくい部材を適切に分別するためのマーキングや、施工の進捗に合わせて素材から部材をジャストインタイムに切り出すことなどの段取りでは制作・施工用の支援システムが特に有効であった。
現実の建築構造物の大きさでテンセグリティ構造を実現する場合には、端部の納まりを独立したコネクタを設けて剛体部とバネ部を結合すると思われるが、今回試行した模型の制作では、特にデザイン面での空間的制約が厳しく、12mm径のアルミパイプにワイヤをカシメ留めするという構成とし、コネクタは設けられなかった。パイプ端部とワイヤのとりつき角度は一様でないため、本来ならコネクタの機能でこれらの差異を納める設計をシステムで支援することになるはずだが、その代替として、これらの角度の差異に対応する適切なワイヤ貫通穴の設置を支援することで、システムの有効性を示すこととした。
Fig5の模式図で説明すると、左右の例でそれぞれ3本のワイヤがパイプに接続されているが、ワイヤの接続位置が微妙に異なる。これらの穴の位置を、各ワイヤが穴の縁でパイプ断面中心軸を含む面外に折れないようにしたい(Fig6)。そのために、パイプの穴開け加工時に穿孔位置を示すシールを出力し、これらをパイプ両端に基準位置をあわせて貼り込みガイドとした(Fig7)。さらに、このシールにはパイプの所属するユニット(後述)番号および上下端の区別を与え施工時の手がかりとした。Fig7は1ユニット分の加工指示用のシール6枚を表しており、●で表される穿孔位置に付随する数字はワイヤ番号を、ワイヤ番号のない●はユニット間接続のためのワイヤ用の穿孔位置を表現している。
Fig5 ワイヤ貫通穴位置の差異 | |
Fig6 ワイヤ貫通穴位置への配慮 | Fig7 穴加工位置指定シール |
テンセグリティ構造はテンション材料の長短や与える張力の大小で、その形状を変えてしまうため、設計で狙った通りのフォルムに整えるのは大変難しい。特に今回のような模型サイズになると、部材切り出し時の寸法誤差は制作対象の大きさとの兼ね合いで相対的に無視できないものとなる。また、ワイヤに与える張力を調整する簡便かつ廉価な手法もないために、デザイン通りのフォルムにすることはさらに困難なものになった。
この問題に対応するため、施工中にそれまでの出来形をもとに後工程での調整を支援するためのシステムを制作し導入した。システムは拡張現実感(AR)技術を用いて、その時点までの施工済みのテンセグリティの構造物が設計時とどの程度一致しているか(異なっているか)を視覚的に示すことが出来る。Fig8およびFig9はユニット単独での形状の確認、Fig19は施工時の出来形の確認を、それぞれおこなっている。Fig8には、二つのテンセグリティが写っているが、やや薄く白っぽい方が設計案(仮想)である。完全に重ねてしまうと紙面上では判別しがたいので、少しずらしたところを示している。実際の運用では設計案と実作を重ね合わせて、これらのズレを評価する。
このシステムの支援により、中途段階の出来形を適宜確認しながら、ほぼ計画通りのフォルムとなるように努めた。
現実の建築で用いる部材サイズとなれば、先述のように剛体部とバネ部を納めるためのジョイントを設け、張力を調整する機構を内蔵するなどして、より効率のよい調整が可能になると思われるが、その場合でも、ARによる施工支援システムは現場での微妙な調整過程において有効であると予想され、機会があれば実プロジェクトでの適用を試みたい。
Fig8 ARによるユニット検査1 | Fig9 ARによるユニット検査2 |
以上のように、四つのサブシステムを独自に実装し、これらを組み合わせることでテンセグリティ構造のデザイン・ワークフローを構築した。ここからは、このワークフローを運用し、制作した模型について説明する。
本来、テンセグリティ構造が適用できる建築部位は限定されないと考えられるが、今回は曲面状の屋根を想定することとした。
テンセグリティ構造は大きく分けて、フラーが好んだ幾何学的に整然としたものと、スネルソンが好む比較的自由で彫塑的なものに区別される。単調な曲面であればフラー・タイプの多面体をモチーフにしたものが、「真に自由な曲面」を持つ屋根であればスネルソン・タイプの彫塑的なものが適していると思われるが、実際の施工を前提とすると、両者の特性を併せ持つように、幾何学的に整然としたユニットを多数結合してより大きなテンセグリティ構造とすることが合理的であると判断した。ユニットを結合する手法によることで、比較的安定な形状を施工中においても保ち易いことが最大の理由である。ユニットの複合体としないスネルソン・タイプの大規模テンセグリティ構造については別の機会に試みたいと思う。
さて、ユニットを結合したテンセグリティとは、Fig10に示すような、いわゆるt-prism(Fig8、Fig9)と呼ばれる最小単位のテンセグリティを複数個結合したものである。
Fig10では厚みのある平板形状を構成しているが、これを各t-prismのメンバの長さを変えて全体としてFig11に示すような曲面とする。
平板形状から曲面形状への変換にはさまざまな方法がありえるが、今回の手法は対象となる曲面の法線ベクトルを評価して各ユニットの大きさにばらつきが少なくまとまりよく整然と並ぶようなアルゴリズム(手続き)を採用している。紙面の都合上、この手続きについての詳細は省く。アルゴリズミックデザインの手法については当研究室のホームページ にて詳しく紹介しているので参照願いたい。
Fig11では、円筒の側面の一部という比較的単純な曲面であるため、同一寸法の部材構成となるユニットが複数存在しうるが、より複雑な曲面とする場合には完全に同一なt-prismは存在せず、従来のユニット化の概念とは大きく異なることに注意が必要である。本研究で独自に開発したシステムの支援なしでは制作はかなり難しいことになる。
Fig10 t-prismユニットの結合体 | Fig11 ユニット複合体による曲面テンセグリティ | Fig12 目標とする曲面案 |
Fig13 目標曲面を構成するテンセグリティ構造1 | Fig14 目標曲面を構成するテンセグリティ構造2 | Fig15 目標曲面を構成するテンセグリティ構造3 |
模型設置のスペースは、研究室前のエントランスホールとした。幅8,000mm×奥行3,700mm程度の小さな空間である。この小さな空間に、Fig12に示すような大胆な曲面を支持するテンセグリティ構造の設置を目指した。展示スペースとしての機能をそこなわないように柱でなく天井部から下ろしたワイヤで吊って支持することとした。Fig13,Fig14、Fig15が最終デザインである。
模型の制作に使用した素材は以下である。
また、パイプとワイヤの接合にはアルミスリーブのカシメにより、ワイヤ同士の結合およびテンションの調整のため一部にグリップル を採用した。アルミパイプは全長4,000mmのものから切り出すが、寸法がユニット毎に異なるのでFig7にも示したとおり、端部にユニット番号を与えて整理した。
- 剛体部:
- アルミパイプ(12mm径、肉厚1mm)
- バネ部:
- ステンレスワイヤ(1.2mm、1.5mm)
模型はユニット化されているので、各ユニットについては作業性のよい研究室で制作し、かつ、ある程度のまとまりまで隣接ユニットを接合してコンポーネントにした。コンポーネントを設置場所に運び込み、さらに結合して全体を構成した。各ユニットはFig16に示すように、ユニット番号などを示す属性をラベルにして添付してある。
曲面デザインであることから、床に仮組みしてから一気にリフトアップする方法は採れなかったため、制作過程においては各コンポーネントを天井からつり下げた状態で接合作業をおこなう必要があった。そのため、天井からつり下げる仮設のテグス用に、藤棚状の格子(木製)を天井面間際にあらかじめ設置しておいた。Fig17のアルミパイプ群の向こうに木製格子が確認できる。また、コンポーネントの配置はFig18に示す伏図を参照しながらおこなった。
また、ユニット検査でも採用したAR支援システムをコンポーネント(複数ユニット)の据え付け時にも Fig19 に示すように活用した。今回作成した模型ではコネクタを設けられなかったこともあり、ユニット結合後の張力調整機構を実装できなかったが、調整機構があればこのシステムの利用価値はさらに高まると思われる。Fig20に製作した模型を示す。
Fig16 設置前コンポーネントの様子 | Fig17 コンポーネント設置中の様子 | Fig18 ユニット配置の伏図 |
Fig19 ARによる出来形検査支援 | Fig20 制作した模型 |
テンセグリティ構造を用いた建築部位を設計するために、独自のソフトウエアを実装し、それらを組み合わせたデザイン・ワークフローを提案した。大型模型を制作し、提案したデザイン・ワークフローがこれまでにない大規模で複雑なテンセグリティ構造を効率的に実現できることを示した。
今後は、スネルソン・タイプのデザインによる作品や接合部にコネクタを設ける大規模な作品などにも適用し、この手法をより洗練させる予定である。